<背景,目的>
近年,日本のサブカルチャーは,幼少時代にパワーレンジャー1)およびポケモン2)に親しんだ若年層を中心として広がりをみせ,自動車,書籍,電子機器などを媒介し,米国文化の根底に徐々に影響を及ぼしつつある.米国で大成したジャンクフード文化においても日本のカップ麺の存在は大きく,なかでもNissin3)およびMaruchan4)がその双璧と言える.前者が日本でステータスを有するCup Noodleブランドを展開するのに対し,後者は完全にコンセプトを同じくするInstant Lunchを米国におけるブランドとして展開する.いずれも,米国内で製造され,チキン,シュリンプ,ビーフなどのフレーバーの他,チーズ入り5),チリ味6)などの新たな取り組みも見られることは良く知られている.本報告では,標準麺と言えるチキンフレーバーに着目し,双方の相対比較を実施する.
<手法>
検体はともに,ウォルマートにて入手する.調理法の詳細については前報5)を参照されたい.ここでは,価格,パッケージデザイン,具,麺,スープの各項目を評価パラメータとし,相対比較する.著者の胃容量の制限のため,試験はそれぞれ異なる日に実施するが,実験環境を一定に保つため,窓の無い半地下実験室とし,室温22℃を保つ.以下ではNissin Cup Noolde ChikenをCN,Maruchan Instant Lunch ChikenをILと呼び,区別する.
<結果,考察>
1. 価格
2. パッケージデザインウォルマートにおけるCNおよびILの価格は,それぞれ¢26,および¢33(注1)である.絶対的な両者の差は僅かであるが,比率では21%の開きがあり,ハコ買いの可能性が高い米国スーパーマーケットにおいては,有意な差である.なお,日本におけるCNは,Sストアの特売においても80円前後(注2)であり,米国のそれの実に3倍の高価格を維持している.この価格差は,日米両国間に於けるCNブランドステータスの差異のみならず,製造コストの格差も伺うことができる.また,対象とするマーケットも異なるものと考えられる.米国においては,これらのカップ麺が,日本に増して,間食(不要な食事)として位置づけられていることを物語っている.
注1:特売価格であり,自販機における通常の販売価格は¢75である.
注2:2007年9月調査結果.その後定価が引き上げられており,最新の調査結果7)では特価128円とされる.
3. 具図1および2に検体の外観をそれぞれ示す. パッケージは,いずれも発泡スチロールカップ,紙製ふた,プラスティックフィルム,厚紙のパッケージで構成される.両者の寸法および外装デザインは酷似しており,店頭において取り違える可能性を否定できない.ふたのウラにアルミパックがなされていない点が日本製との構造上の相違点である.このため,ふた強度が弱く,店頭において既に破れているものも散見される. 厚紙の外装はふた強度を補うための機能部品であると推察される. また,ふたは熱湯による「ふやけ(図3)」に伴って剥離しにくくなり,著者のストレス値を著しく上昇せしめる.
4. スープ図4および5に調理直後(撹拌前)の観察写真を示す.
具は,いずれもグリーンピース,コーン,人参で構成される.表1に示すとおり,CNは具の数量でILに勝っている.(注:Fig.5においては,グリーンピースのうち2つが分離し,見かけの数量が増大している)ただし,CNにおいても,具の含有量は麺およびスープに比して僅かであり,風味も印象に乏しい.蓋を開けた瞬間の見た目を重視した設定と考えられる.
5. 麺スープの匂いは両者で異なる.ILでは野菜と塩の風味を基調とする軽い匂いで有るのに対し,CNではコンソメの匂いが支配的であり,より濃い味であろうとの印象を与える.しかし,実際は両者の味の差は僅かである.いずれも薄い鶏だしと油,塩の組み合わせであり,味の濃さではむしろILが勝っている.CNは匂いと味のバランス取りに質/量の両面から失敗しており,摂取開始時の落胆が大きい.
両者に共通の事項として,味の単調さ,薄さが挙げられる.スープの味が重要とされる日本と対極にあり,極論すれば,味よりも麺を戻す機能にその重点がおかれているとも考えられる.両者の隔たりは大きく,この点においてCNブランドはグローバルアイデンティティが確立されていないと言える.なお,食べ進めるにつれ,口内において油が存在感を増し,完食時には僅かながら胸やけ感をもたらすことは,CN,ILの両者に共通の特徴である.
麺は,滑らかさおよびスープの絡み付きやすさの観点から,僅かにILがCNを勝る.ただし,両者ともコシが弱く脆い傾向は共通である.箸,またはフォークによる加圧で容易に断裂するそれは,日本においては「のびきった麺」と形容されるに値する.著者らはILを用いて熱湯投入後の保持を1分のみとした実験を別途行ったが,保持時間にともなう麺の状態変化は僅かであった.従って,コシの弱さは調理法あるいは保持時間の如何によらず,本質的なものであると言える.
<結論,課題>
米国におけるCNおよびILは,味/食感共に非常にシンプルであり,日本のそれらに慣れた著者にとって,特筆すべき美点を見出すことができなかった.ただし,その価格の安さはマーケットにおいて一定の流通量を確保するのに貢献していると考えられた.単調さの克服は今後取り組むべき大きな命題である.また日米におけるCNブランドの格差是正も重要な課題と考えられる.
参考文献:文中にハイパーリンクとして記載
[this is good] まさとい研究員の今回の素晴らしい論文の提出を受けて
今回のCNおよびIL検体の写真比較では大きな差は見られないが、
食感の差は大いに感じられるではないかと推察していたが、
今回の実験結果でも大きな違いが見受けられないとの報告を受けた。
また、スープの原材料の相違による味覚の形成は、
メーカー研究者の好みがかなりの割合で反映されるだろうとの考察も覆された結果は、お互いの商品の分析しアメリカナイズした結果であろう
CNおよびILは互いの独自性をどう打ち出すかが今後の課題である。
投稿情報: shin | 2008/04/12 00:16
[いいですね] うぉ~、Instant Lunchである米国カップ麺の本格的な比較考察・分析ですね!興味深く熟読させて頂きました。
さて、ちょっと本題とはずれてしまいますが、先日読んだ(まさといさんにコメント頂いた)「貧困大国アメリカ」という本によると、格差拡大による所得の2極化によって、米国では低所得者層の食事が格安のインスタント=安価にカロリーを摂取し易い食事、に偏ってきていることが、問題点の1つに挙げられていました(その結果、この層の子供は、肥満児や栄養不足に陥った子供が多く、将来が案じられるとのこと)。
26¢、という安価なInstant Lunchの値段。これは安い!と思うのですが・・・・それは大量生産による安価な消費財の提供、という資本主義の究極な成功の結果・成果である、と見ることが出来る一方、それを致し方なく、生きていくために消費せざるを得ない層を作り出しつつある、米国という国の皮肉な実情をも表しているのかなあ、と考えさせられる思いがしました。
脇道にそれてしまって、すいません、ですm(--)m
投稿情報: bluehawaii | 2008/04/12 00:17
shinさん,ありがとうございます.スープにおける匂いと味の格差,麺の質などの影響で,カップヌードルの総合評価がインスタントランチを下回ったのは想定外でしたが,コメント頂いた通り,いずれにしろ,両者の差は僅かであると思われます.両者共に品質の向上が望まれる訳ですが,この向上に対するモチベーションを阻害する一因として,これまでの研究から「米国人は麺音痴である」という可能性が指摘されます.今後は,その要因の考察と改善策についても検討を行う必要があるものと考えられます.ぷぷぷ.
投稿情報: まさとい | 2008/04/12 01:49
bluehawaiiさん,有り難うございます.でも,あくまでも「本格風」です(笑).ぷぷぷ.
所得格差が食生活の格差に直接繋がるという話,スーパーを眺めていると感覚的に理解出来ます.ジャンクフード売り場と生鮮食料品売り場の客層の差,今回のカップ麺のように極端に安い食料品の存在,同じ野菜を全く違う値段で売る,普通のスーパーと高級スーパー(紀伊国屋のようなものと思いますが,自然/有機/新鮮といったキーワードで食材を集めている所)が並んでいる事実.おやつ感覚,あるいは「昼ご飯はメンドクサイから」という感覚でカップ麺に手を出すならまだ良しとして,それを生活の糧と考えざるを得ない人々がいる,とすれば,考えさせられますね.
・・・貴重なご意見ありがとうございます.
投稿情報: まさとい | 2008/04/12 02:01
[いいですね] おおー本格的な考察ですね。いろいろ発見があって(米国人はハコ買いの傾向がある、いわゆるおやつ感覚で食べる傾向が強い、麺のコシが弱い、etc.)面白かったです。
一番気になったのが、「窓の無い半地下実験室」。そんな実験場持ってるんですか!?
投稿情報: yu_bo_ | 2008/04/12 07:05
yu_bo_さん,有り難うございます.ぷぷぷ「本格風」ですよ〜.拉麺だけに...
「窓の無い半地下実験室」・・・私のオフィスですorz.8畳くらいはあるのかな?ドアが一枚有るだけ.携帯の電波も見事にシャットアウト.空調機械の音がダクトを通じてごんごん鳴っています.一人で一日籠っていると滅入るよ〜.
投稿情報: まさとい | 2008/04/12 07:21
ああー「窓の無い半地下実験室」はそういう事だったんですね。確かに一人で一日こもってると気が滅入りそうですねー。そんな時こそ音楽を。
投稿情報: yu_bo_ | 2008/04/12 07:36
ありがとうござんす.もう,ほとんどモグラでござるよ.
投稿情報: まさとい | 2008/04/12 07:45
初コメント&ご近所登録させていただきました、yuminだんなことcombatと申します。いつもyuminがお世話になっております、どうぞよろしくお願い致します。
実に興味深い内容のレポですね!御見それいたしました>w
投稿情報: combat | 2008/04/13 14:28
総麺研のアメリカ特派員、とても興味深い内容の研究でした!さすがですね!さらに今後はコンソメ味に、チェダーチーズを足したり、醤油とダシ加えたり・・・はたまたshin所長の様に、おかかを乗せたりすると・・・よりマッチするのではないでしょうか・・・。この米国製の即席麺こそ、まさとい特派員が新たな研究の対象として成果を実証する為にもさらに実験してはいかがでしょうか。以上、私の感想を簡潔にまとめさせていただきました(笑)一同壇上にいる、まさとい特派員へ拍手喝采!!>なんのストーリ?
投稿情報: yumin | 2008/04/13 16:14
combatさん,初めまして.をを,yuminさんダンナもぼくさ〜だったのですね!私もご近所登録させて頂きますね.どうぞ宜しくお願い致します.
投稿情報: まさとい | 2008/04/13 19:43
yuminさん,興味深いコメントを頂き,有り難うございます.直近の方針と致しましては,チキン,シュリンプ,ビーフの基本3形態を食べ進めるとともに,薄味のスープに対し,如何に単純かつ効果的な改良を施すことができるか,といった観点から研究を進めて参りたいと思っております.今後ともご指導頂きますよう,宜しくお願い致します.ぷぷぷ.
追伸:このコメント,Safariで返信したら,なぜか予期しない書式が付いてしまい,麺総研のページでとても見づらくなってしまいました.一旦消去して,FireFoxで再up致します.ゴメンナサイ.
投稿情報: まさとい | 2008/04/13 19:55
今頃発見してしまいました、この記事!あまりにも文字が凄くて脳みそが爆発しそうになりましたよ(笑)勇気のあるチャレンジに万歳!
投稿情報: Nana | 2008/04/16 08:12
うはは.Instant Lunchの麺と一緒で,無駄に10%増量しております.・・・正直,”チキン味”がダメかも・・・ですね.次回は別の味にチャレンジ!
投稿情報: まさとい | 2008/04/16 20:00