息子が日本人補習校の宿題をやっていました.国語の教科書の冒頭に記載された詩を読んで,感想文を書くのだそうです.詩の作者は,まど・みちおさん.「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」など,この方の楽しい詩は誰でもおなじみですね.どれどれ.
わかばを見ると
むねが晴れ晴れする。
ぼくら子どもも ほんとは
人間のわかば。
天が、ほら。
あんなに晴れ晴れしている。
ぼくらを見まもって・・・・・・。
(引用:光村図書,国語 三 上 わかば,P.1)
・・・『 ほんとは』???なぜここに『ほんとは』がなくてはならなかったのでしょう?子供の目線で書かれた,この詩の中で,あえて挿入されたこの単語に,まどさんはどんな気持ちを込められたのでしょうか?
言葉を吟味し,読解する力を養う国語の教科書.小学3年生が真新しい教科書を開くと真っ先に飛込んでくる,この詩に,安穏とはしていられない時代背景と「見まもられているよ.大丈夫だよ」と明示的に送られるメッセージの意図を考えてしまったのでした.
・・・考え過ぎ?
個人的な考えですが「ほんとは」は前者の若葉の比喩として空を親の守り包み込む安心感と愛情を表したかったのではないでしょうか…
家の子供は今年四年生になりました。
生意気盛りで(((^_^;)
投稿情報: shin | 2008/04/15 01:21
私も個人的な感想を・・・。
「ほんとうは」の、その後「人間のわかば」・・・この人間のわかばの意味を自分なりに考えると「ほんとうは」の意味が個人によって印象が変わる気がしますね。
私には未来がたくさんあるんだよ、どんな環境にも負けないで、逞しく生きるなど、まどさんなりの、子供に対してのエールのように聞こえてきました。
そしてどんな子供にも未来を・・・誰にも未来を絶つ権限なんてないんだと思いました。
投稿情報: yumin | 2008/04/15 01:32
なるほど〜.「人間のわかば」であることを再発見すれば「天が見守っている」ことを再発見できる,ということなのかもしれませんね.
投稿情報: まさとい | 2008/04/15 03:42
お友達が補習校の先生をしてるので、先生の意見もきいてみよぅ...。
補習校いってるんですね、土曜日ですよね?大変ですよね、土曜一日だけで1週間分のお勉強ですもんね。現地校との両立が大変でしょう。うちの子は、トライもせずに「土曜日まで学校に行くのはいやだよ〜」と言いまして、日本人学校には縁がなかったんです。なので、日本語は聞き取りだけできます。(私が話してるから...)読めない、書けない、話せないのです;;話しても「コニチワ~」とか「アリガト」とかですね。
投稿情報: Nana | 2008/04/15 03:45
ふむふむ.確かに.今は見えないかもしれないけれど,ホントは若葉,沢山の選択肢,沢山の可能性があるんだよ.ということか.
子供達を安心させ,勇気づける気持ち,感じられますね.
投稿情報: まさとい | 2008/04/15 03:46
補習校は土曜日です.確かにカリキュラムを真面目に見ると,大変なんですよね.「まぁ,日本語喋って遊んでこい」くらいの感覚で行かせています.とはいえ,現地校も「まぁ,英語喋って遊んでこい」としか思っていないのですが(笑).半年経ち,ようやく双方の学校とも,ひんぱんに行き来する友達も出来て来たようなので,あとは存分に楽しんでくれれば良いか,と思っています.ウチの場合,一年だけなので,かえってお気楽なんだと思います.
投稿情報: まさとい | 2008/04/15 04:04